8月18日の礼拝動画と説教要旨

礼拝動画

説教要旨

「心の傷ついた者、嘆き悲しむ者のために」
序論.
イザヤ書61:1-3、マタイの福音書11:28-30
(1)カースト制度の下で物いする人々の家庭で子供が生まれた時、親は自分の子供の将来の幸せを考えた上で、子供の腕や脚を片方切り落とすという悲劇。(2) 経済成長しても、貧富の格差、カースト差別、不正、賄賂、暴力などが存続。(3)相手の階級・社会階層によって相手への態度・接し方が変わる階級差別社会。(4)差別を受けている貧しい人々も、自分たちよりもさらに低い階層の人々や弱い立場の人々を差別する。
本論1.
キリストは人々から蔑まれ、のけ者にされ、悲しみを受け、人々の病、痛み、苦しみ、悲しみを担われ、人間の全ての罪を背負い十字架で死なれた(イザヤ 53)。それで人間の全ての罪は赦され、天国での永遠のいのちと祝福が保証された。キリストは私たちが抱えている全ての重荷と私たちの境遇をご存知であられ、私たちをキリストのもとに招いてくださっている。キリストのもとに行くならば、キリストが私たちの全ての重荷を担ってくださり私たちを休ませてくださり、たましいに安らぎを与えてくださる。
本論2.
キリストは「貧しい人(苦しむ人)に良い知らせ(福音)を伝えるため、心の傷ついた者(心の打ち砕かれた人)を癒やすため(包むため)、すべての嘆き悲しむ者を慰めるために」遣わされた。
大罪を狙した人も、キリストの招きに応じてキリストのもとに行き、悔い改め、キリストにすがるなら、全ての罪は赦され、天国での永遠のいのちと祝福が保証され、キリストと共に歩む新しい人生が与えられる。
非常に大きな苦しみと深い悲しみを経験されている人も、キリストによって義の樫の木、栄光を現す、主の植木と呼ばれるようにされる。
結論.
キリストは嘆き悲しむ者たちに、灰の代わりに頭の飾りを、嘆きの代わりに喜びの油を、愛いの心の代わりに賛美の外套を着けさせてくださる。そして義の樫の木、栄光を現す、主の植木と呼ばれるようにしてくださる。